遺品整理を知ろう

故人の思いが詰められた物を整理する事

いつか人は死ぬものです、個人的には後腐れなく、どうせ死ぬなら自分が生きていたという証はなるべく残らなければいい、そう考えています。自分より後に死ぬ人にしてみれば、それはかえって都合が良いと受け取られるものではないでしょうか。そもそも自分がもし死ぬと明確に分かった時、入院や手術といった療養で健康になるよう努力するにしても、今の医療技術にも限界はどうしたって出てくるものだ。治せない不治の病も数多くある、国民病とまでいわれるようになった癌になれば生存率は上がりこそ、死亡する可能性も症状によって高い。現実は残酷です、ですが残酷な分だけ死ねばその人の記憶はそこで絶たれて、ようやく全てが終わります。こんなことをいうと勘違いする人もいるかもしれませんが、実際安楽死を希望する人もかなりの割合で多いのも真実だ。

自分が死んでも周りに迷惑を掛けたくない、そう願っている人も少なくないでしょう。ただどうしてもやらなければならないこともある、それは自分がいた証拠ともなる生前使用していた家具などのものだ。そういったかつて個人の所有物だったものを片付ける、あるいは廃棄するのどちらかを行わなくてはならない、一般的にこうしたことを「遺品整理」と呼んでいます。

したことがある人もいるでしょう、親が死亡すれば必然と誰もがそうした生前愛用していた道具や家具、衣類といったあらゆるものを片付けることをしていかないといけません。ここで語る遺品整理についてですが、何処から何処までが線引となっているのか、まずはそこから見ていこう。

遺品とはどんなものか

遺品整理とは文字通り、故人が生前使用していた道具を整理することだ。そのままとなっていますが、遺品と言っても色々な種類がある。必ずしも手元にあるとは限らず、何処か別の場所に保管されでもしたらそうした細かいところまで確認しならないんため、物凄い時間を要する。整理するだけでも事実、3年という時間を要したというケースも聞かれるほどだ。持っている人はあらゆるものを持っている、衣類や宝飾品といったもの、果ては動産と呼ばれるものまでもだ。

ここでいう、動産についてですが実は遺品とするべきものの中にはこのカテゴリーに当てはまらない物もあります。具体的にいうと不動産関係だ、それ以外のものとなっているので、ざっと挙げていくとこんな所になります。

遺品とカテゴリーされるもの

動産の整理が主になる

遺品整理で行わなくてはならないのは、そうした動産を含め、財産価値が薄いもの全般を故人を弔う法事が終わってから行っていく。こうした作業、当然故人と関係を持っている家族であればあるほど思い出もあり、整理ができないと嘆く人もいるでしょう。片や亡くなるまで故人とはほぼ縁を断絶していたはずの身内が突如として現れて、遺品整理をしなければならなくなって面倒だと語る、なんて側面もあるかもしれません。

必ずしも遺品整理は故人がこれまでどのような思いで今までの人生を過ごしていたのか、晩年にどのような思いの丈を募らせていたのか、そうした邂逅をする時間とも言えるからだ。だが人によってその遺品整理をすることで、財産となるべきものをあらかた引き取るという形見を金銭に変えることしか考えていない人たちも、存在しています。

以前遺品整理とは少々話は異なるものの、確執を持っていた故人とその娘達、そして娘達と共に争った故人のために半生を家政婦として務め上げた女性との戦いに終止符を打たれた裁判がありました。

生涯を捧げてくれた家政婦に対して

この事件はある種衝撃的なニュースとなったことは間違いない。事件の簡単なあらましとして見ると、この戦いで主要登場人物となっているのは故人の実子である娘2人と、故人を10代の頃から支え続けていた家政婦の女性という3人だ。故人が病を患って倒れた時、家政婦は病院でも懸命に見舞いを訪れるが娘達は母の死期が近いことを悟ってか、その遺産を全て我が物にしようと画策し始める。独立してからほとんど母のことを顧みること無く、介護を要する年齢になっても気にすること無く、家政婦の女性に全て丸投げをしていた。

そんな娘達は母が倒れた事を良い気に、遺産を整理していく中で家政婦の女性をほぼ丸裸同然のままで追い出したのです。着の身着のままで実家に帰宅した女性はほとんど意気消沈しており、これまでの人生は何だったのかと絶望すると同時に、一緒に暮らしていた家族同然だった雇い主の最後を看取れないことに後悔の念を抱いた。

だが故人はそんな家政婦に恩義を感じていた、何せ80齢を生涯とする時間の半分以上を自分の生活に費やしてくれたのです。亡くなった後に発見された遺書には、遺産の全てを家政婦の女性に譲渡すると明記してあったのだ。これにより事態は一変、娘達は捏造された遺書だとして逆に金銭要求をし、家政婦だった女性も遺産の全てを返還するよう、訴えを起こします。ほとんど泥沼裁判状態でしたが、司法の下した判断は遺書に捏造はなく、これまで家政婦としての業務履行に問題はなかったとする、当然とも言える判決を下したのです。

この事件から見えてくるのは、必ずしも故人が残した遺品が身内となる遺族のものとして扱われるわけではない事実を示したと言っても良い。また同時に遺族の中には故人のことなどどうでもよく、なくなるとわかった際には資産のすべてを横取りすることに対して心が痛む事無く、当たり前のように略奪する事実をまざまざと見せつけたのだった。

遺品整理をすることの意味

故人と関係が薄れている遺族にとって、作業をすること事態を面倒だと感じるかも知れません。逆に良好な関係を築いている身内であればあるほど、いなくなってしまった人に対しての感傷は計り知れないが、それでも遺品を整理することである種のけじめを行う儀式めいた物と言える。

そこまで覚悟めいたものなのかと思うでしょうが、1人の人間が死んだら残された人たちがやらなければならない仕事は山積みとなっている。そうした細かい、亡くなった後にどうして欲しいかと具体的に打ち合わせをする家族も少ない。しないのが普通かもしれませんが、いつか来るとしたら話しておきたい点なのかもしれません。それだけ遺品整理というものが持つ意味が大きいことを理解しておきたい。

身辺整理してますか?